この度、東京大学とアメリカ国ウィスコンシン大学の共同研究グループは、インフルエンザウイルスに感染したマウスの肺を生体イメージング法用いて生きたまま観察することに成功しアメリカの科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」のオンライン速報版で公開されました。
これまでに東京大学の研究チームは、蛍光たんぱく質を安定的に発現する可視化インフルエンザウイルス(Color-flu)の作製に成功し、感染細胞を蛍光標識することを可能としてきました。
Color-fluとは、4種類の蛍光たんぱく質を発現するインフルエンザウイルスのことです。蛍光たんぱく質を利用して感染細胞を光らせるので、インフルエンザウイルスの感染に よって起こる炎症など、生体内でウイルス感染が広がる様子をさまざまな手法で画像分析することが可能となりました。
引用:東京大学「光で居場所を探せるインフルエンザウイルスの開発に成功~免疫応答メカニズムの解明、ワクチン開発に期待~」
今回の研究により、Color-fluに感染した肺の生体イメージング法を確立したことで、感染組織の詳細な観察が可能となり、インフルエンザウイルスの病原性メカニズムについて新たに分かるようになりました。
その研究内容についてご紹介したいと思います。
Contents
インフルエンザウイルスがもたらす被害は甚大
毎年、日本国内だけでも約1000万人が感染する季節性インフルエンザウイルスや豚や鶏などの家畜の間で感染する鳥、豚インフルエンザが蔓延することで大規模な経済被害が引き起されています。
治療薬として、体内でのウイルス増殖を抑える抗インフルエンザ薬が開発されていますが、近年は抗インフルエンザ薬に耐性を持つウイルスが流行するようになり問題となっています。
また、鳥インフルエンザの高病原性鳥H5N1ウイルスは、ヒトに対して高い病原性を持ち、肺で強い炎症を起こします。しかし、そのような肺炎の重症化メカニズムの解明はいまだに不十分です。
この強毒性のインフルエンザウイルスに感染すると致死率約50%で、人に対する被害は危機的なもと言えます。
そのため、インフルエンザウイルスの研究において、生体内でウイルスがどの細胞に感染しているか、感染細胞を判別することは、最も重要で基本となる情報の1つです。
インフルエンザ感染細胞で起きている最新情報を観察する
従来の研究では、感染動物から摘出した臓器をホルマリンなどで固定し、感染細胞を同定していました。このような固定標本などを用いた解析では、細胞の動きや血液の流れなどのタイムリーな情報を得ることはできませんでした。
そこで、生きた感染細胞を検出するために、インフルエンザウイルスの遺伝子にレポーター遺伝子(ある遺伝子が発現しているかどうかを容易に判別するために、その遺伝子に組み換える別の遺伝子)を挿入する試みがなされてきました。
蛍光たんぱく質など、さまざまなレポーター遺伝子が試されましたが、レポーター遺伝子を挿入することでウイルスの病原性が低下し、ウイルスが増殖を繰り返す間にレポーター遺伝子がウイルスゲノムから脱落してしまうため、実験動物の感染実験に用いることは困難とされてきました。
このような背景があり、本研究ではウイルス本来の病原性を損なわず、蛍光たんぱく質を安定的に発現するインフルエンザウイルス株を作製し、このウイルス株を用いて、インフルエンザウイルスの新たな画像解析を行うことに成功しました。
研究内容
この研究では、2光子励起顕微鏡(近赤外レーザーパルス光を用いた蛍光顕微鏡で、生きた細胞へのダメージが少なく、組織のより深部まで見ることができます)を用いた生体イメージングシステムを構築することで、インフルエンザウイルスに感染したマウスの肺における免疫細胞の動きや血液の流れを写真にて連続して撮影し動画として見ることに成功しました。
タイムリーでは知り得なかった情報として、血流速度、血管透過性の変化、免疫細胞の移動速度などの観測、および、新たな病態生理学的なパラメーターとしての定量化解析を行うことができました。
このイメージングシステムをバイオセーフティーレベル3 (BSL3) の施設に設置することで、季節性ヒトインフルエンザウイルス(H1N1型)のみならず高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1型)に感染した野生型のマウスで比較しました。
その結果、下記のことが明らかになりました。
・インフルエンザウイルスに感染したマウスでは、非感染マウスと比べて好中球の運動性が低下していること
・インフルエンザウイルスに感染した肺を観察すると、肺の血流速度が低下していること
・H5N1型に感染した肺では、H1N1型に比べ、好中球の呼び寄せられるタイミングが早くその数も統計学的に有意に多いこと
・血流速度の低下も早期に起こることから、H5N1型へ感染した早期に強い宿主応答が誘導されていること
・H5N1型の感染では、血管透過性(血管とその周りの組織との間で起こる水分や栄養分などの移動のこと)が必要以上に活発になり、組織障害が激しく起こっていること
引用:国立研究開発法人日本医療研究開発機構「インフルエンザウイルスに感染した動物の体内を生きたまま観測―ウイルスに対する宿主応答メカニズムの解明に新たな視点―」
この研究で確立したインフルエンザウイルス感染肺の生体イメージングシステムは、新薬やワクチンの開発・改良、他の肺疾患の解析にも応用が可能であり、様々な呼吸器疾患の病態解明にも役立つことが期待されます。
以上、インフルエンザウイルスの最新研究!感染した時の体内応答メカニズムの解明に一助についてご紹介しました。